「今日思うことを、明日も思えるか」と考えるときがある。
考えること常日頃そしてそのための記録。

2011年12月27日火曜日

冬というやつ

つくづく思う たまにはこういう日もある
ひずみから怒りがあふれて 声に出して相手を傷つけた
傷つけた 傷ついた
会社を出てかなしいやと下を見た

それでも 会社というコミュニティにも
話ができる人がひとりくらいいるもんだと信じている
…いてもいいだろう、くらいは思っている
傷つけた相手 傷つけられた相手
追っかけるつもりはない
言葉にするのは難しい
ただ、なるように なるよ
悲しくとも そうありたい

そうやって新宿を歩く自分を励ました
社長にかわいそうなことをした
けれど 私はどこかで思っている
彼には必要だった、と
そして仕事する仲間にも同じことを願う
何も知らない こどもじゃないのだから

あーぁ ひとりなんだ こういうとき ドエムだから
けれど今日は、海を超えて今すぐ会えるなら、すこし側にいたいと思う
たまには そういう時もある

tone

2011年12月6日火曜日

私が家に帰ると母は異様におちゃらける。
ぎゃあぎゃあと大声で騒いだり調子に乗って父を叩いたりして、私はそんなの嬉しくない。
母さんの愛情表現。

私が家に帰ると父は「ゆっくりしなー」と言いそれとなく別の部屋へ行くか 眠る。
話しかけても最終的には「ゆかはなんでもやるからなぁ、ゆかはいつも活発で悩んだりしないからな、ゆかは…」
私の話の芯に耳を傾けることなんてなくて、私はそんなの嬉しくない。
父さんの愛情表現。

私が現れないほうが2人にとってありのままの空間が作れていたのかもしれない。
そんな気配がしてどこか申し訳なくなって、母さんと一緒におちゃらける。父さんには「まあねー」と強がる。そして空虚さを土産にくるんで立ち去る。
いつものこと。私の愛情表現。

一人でバイクに乗ってるときは、まるで別世界だ。
そこは誰にも邪魔されない誰の邪魔もしない私だけの空間で
そこにじっとしていると心が整う。
止まっているバイクに仰向けに寝っ転がって一服する。
最高の居心地だ。じっとそこにいてくいれる。何も言わないし何も訊かない。

「側にいたい」と言った人がいた。いてほしくなかった。
「いなよ」という人がいた。いたかった。
「いたいの?いたくないの?いてほしいけど」答えが出せなかった。
「いても良いけどいたくないんならいなくていいよ」いたいわけねーです。
「いる?」やってる?的なそのノリはどうなのよ。

バイクに乗りながら、頭の中にある「人間」という札がついた部屋の中で、
「カコ」という小さな箱たちがカタカタ鳴った。
居場所って突き詰めれば普遍的なものかと思ってた。
ある意味バイクは近いのかな。普遍的なのは自分だ。

家族の話に戻る。
それでもこの家族はカケガエノナイ、ナニカダ。
その家族を今、私は自分の人生とカケガエて道を選んでいる。
いなくなるその日まで、一粒残さず愛情注ごう。

tone

2011年11月30日水曜日

高層ビル

新宿の高層ビルが好きだ。
ひとまず外観が好きね。これは歩きながら眺めるのが良いね。
西口の交差点を渡りながら、都庁方面を眺めてあるけば、
数体の巨大な長方形が音にはならない深いうなりを放ってゆっくり重なり合っていく、または離れていく。
このなんとも巨大な立体感が…いい。…いい〜。
横断歩道を渡りながら「あ〜〜」て漫画みたいなうっとりたれ目になる。
同じビル地帯が好きなんだが、昼はあまり行かないので昼もその角度が好きかまではわからない。
けれど日が暮れる夕方から夜は、その横断歩道からが本当にいい”あおり”になっているよ。
正方形のいくつもの窓が蛍光灯で光って、X×Y×Zが黄金比で整理整頓されてて(下見えてないから)。
完璧感よ。好きなやつよ。

人に執着を尽くす事はあまりない。他人はどう思うが知るまいて。
けれど一種、物への執着がめちゃくちゃある、のは知っている。

来年、愛車とさよならする日が来ることを、情けないほど唯一、かなしんでいる。
ああこんなの生き別れだ。別れたくないのに別れを告げなくちゃいけない。
私がいてあいつであいつがいて私なのに!ほらね!うざい!でもいい!
別れるくらいなら行きたくない…とさえ思う。…嗚呼!かなしいわ(ダブルミーニング)!
本当は心残りなしなんて嘘で、これひとつはずっと心にあってモヤって陰ったので意味ねーと思っただから今日書いておく。
私は行くから。それでも行きたいから、行くわ。すっげーーーかなしいけど行くわ。

そして横断歩道を渡り終えて視線を戻した時に、同じ目の高さに沢山の人の形をした物が沢山ひしめきうごめいていて、なんだこれ、人間ってこんな生き物なの?人間て何なの?私って一体何からできてるんだ?
って、だいぶ飛んでいってた。

tone

2011年11月29日火曜日

沼の主

森の中を歩いていた。
いつから歩いていたんだろう。
もうそれほど日の明かりもない。
日没までに、辿り着きたい場所がある。
この風のにおいからすると
明日は夕方から雨みたいだから、
用事を済ませたら、すぐに折り返したいのだ。
洗濯物を干してきたから。
まもなく、ほんのわずかな枝の隙間から
森の終わりが見える。
きっともうすぐだ。

森の茂みを抜けると、そこにはどろんとした沼があった。
沼をまっすぐ突っ切った先には、あの家。
私のもうひとつの家。
古くなって使えなくなった、大切なもの。
そういうモノを、私はあの家に大切に保管している。
そこにしまっておきたいのだ。

けれど、沼がある。
どうした。いつから、こんなものができたのか。
どうにか渡らなくては、手にしたものが粉屑になってしまう。
夕刻はそこまで迫っている。
どうして沼がある?
手にしたものは、大切だったのか?
もう一度手を開いてみると、
手のひらから、白い粉が生ぬるい風に吹かれてササラササラ。

飛んでいった。
沼は相変わらず、深い色で私を眺めていた。

tone

2011年10月29日土曜日

今朝

朝。
部屋の戸を開けてリビングに出ると、ベランダのドアが空いていた。
庭にはすでに光が当たっていた。いい天気のようだ。
同居人がベランダにいた。私はドアの側までいって半分くらい顔を出した。
「おはよう」
「おはよう」
思った通り、よく晴れていた。



30分ほどそれぞれの時間を経過し、その後同居人はリビングで化粧をはじめた。
私は家政婦みたいな掃除用のワンピースに着替え、軽いコスプレ気分を味わいながら(シンデレラと言ったら誰か私を抹殺しますか?)、キッチンにいって溜まった食器を洗い、米をといで鍋で炊きながらコーヒー用のお湯を湧かした。
社長が金曜日にスタバにいくと貰うドリップ用の豆をよくもらっているのだ。
その間、同居人はずっとリビングのソファで化粧をつづけていた。


「あ、そういえば明日の時間、連絡しておいたよ」と私は言った。明日は複数の友達と久しぶりに会う約束がある。
「あ、ほんとに!?ありがとう」と彼女は一瞬こちらを向いた後、鏡の自分を見ながら言う(直接見てないけど動きでだいたいわかる)。
明日の集まりは夜の予定だが、急に同居人が明日の夜から山形へ出張に行かなければならなくなった。
私たちは、少し早めに集合できれば申し分ないと話をしながら、かといって急に時間を早めるなど仕切ってくれている子に悪いと感じたので、結局自分たちは少し早めに新宿に行っておくことだけ伝えて、2人でぶらつくもいいし、先に一杯呑むのも良いし、なんなら早く来れる人から会おうとか、まぁ適当にやろうと思ったのだ。

「うん、とくに何も付加せずに“17時半には新宿にいる”とだけ伝えたよ。」と補足した。
すると彼女は「素晴らしい」と言った。
「17時半までぶらぶらしてるとか、お茶してるとか、そんなこと付け加えたら変な気遣いされて集合時間が遅くなるとうまくいかないと思ったから」
「それがいい、素晴らしい」と彼女はまた感嘆した。
私は内心その返事がうれしくて、キッチンで林檎をかじりながらにわかに微笑った。




お湯が湧いたところで一旦火を止めて、冷蔵庫のマスカットをカットし青林檎の皮を向いて皿にもる。
お湯を再び沸騰させてポットに移し、豆をセットして一滴ずつ丁寧にドリップする(この瞬間の贅沢な気持ちはどうにも表現がむずかしい)
お米も吹き出したので弱火にしてタイマーをスタートする。
ぐつぐつ、プスプス、コポコポ、かちゃん、
とんとん、シャリシャリ、そっ、と。
今は朝で、天気は晴れで、外は静かだ。こうして私がキッチンにいて、もうひとりが後ろのリビングで、
それぞれがもつ自分のことに向かっている。

ドリップを終えようとした時に、ふいに同居人がつぶやいた。
「だれかがキッチンでそうして何かしていて、それで自分がこうしているのが、いいかんじ」
そうなの。その通りなの。私もそう思っていたのだよ、今まさにね。
「ほんとだね」
私は心をこめて返事をした。ドリップし終えたコーヒーをステアしながら微笑った。





あとがき


本当に起きた今朝の出来事。この二つの会話のおかげで、朝の調子をぐっと支えられた気がする。
(だって同居人が出かけたあとも、お昼ご飯のオムライスを丁寧においしく作れたから。)

言葉にした瞬間から伝わりきらない表現が存在する。
ある意味では、今朝みたいな会話に存在しえるシンパシーは言葉の反対の面であり
それは裏でも表でもなく、ただ対面しえない対の存在なのかなぁと思いました。


なんつて : p
tone

2011年10月18日火曜日

寝付けぬ夜の ひとりごと

会話して会話して会話して
会話を要求されて 言葉を使い果たして
もう後半なんざ 気持ちもない
ただ 日本語と認識できるだけの声でしかない。

よく喋るよ 確かに。私。
けど、何を言うか言わないか、
どう言うか言わないか、
定まらないまま会話を続けなければいけないのは、好きじゃない。
そして何よりも、それは恐ろしいほど体力を奪う。

あの時、私から罪もなく発されて、
そして私自身に存在を否定されてしまった言葉たちが、
寝る前になると、成仏できない幽霊みたいに
枕元に来ては

「うらめしや」と言う。

ひとつずつ丁寧に対応してやらないと
ずっと枕元でぶーぶー言っている。
細かいことをいちいちと、ちっちゃなやつだなぁ。
さすが身から出た、君たちだ。

私なりに真意に接してるつもりだけど、
いちいち相手してると、本当、眠れないんだ。
君たち。
tone

2011年10月7日金曜日

Thanks a lot

S
Thanks for give me delightful life.
He build the bold history of PC's font as well as all PC.
And now, he became the History none other than himself.
I grew up with the Macintosh first type since I was a child.
I loved that, and above all, I LOVED "Kid Pics". I usually played with it.
I never forget those memories.

It's really thanks to you.
R.I.P 安らかに。

tone

2011年10月3日月曜日

収拾

今日は、自分の思ったことと、放った言葉のシンクロがどうも良くなかった。
思ったことを口にしたはずなのに、それは一見変な言い方だ。

気持ちと放つ言葉がそれぞれ10センチだったとして、
どれも3センチくらいずれて重ねてしまったような、そんな感じだった。
疑問に思い始めてから考えてみた。
何かを見て感じるものの、個々のボリュームが今日は大きくて、
地震から思っていたことや、原発の今の状況や、
普段そこまでできない、埋もれてしまった情報の掘り起こしや、
それから、くつろいでいながらも、どうして自分はクラシックが好きなのか不思議に思って、
クラシックの成り立ちと自分を照合して、その心理とか考えて。

そんなことしていて、整理しきれないまま、それでもその良さとか大きさを表現したくなって
整理して説明しようとした。
ただ、やってみたら、それがなんとも噛み切れない気分にさせた。
真剣なのにどうしてこんなに表現できないんだろう、と軽く悩みかけたが、
今ここで書いてみたら、どうだろう、謎は解けた気がする。

まだ整理しきれてない。
それくらい、一日インプットな日であった。
そのどれもが、いい加減にこぼさずに、自分に落とし込みたいものであった。
それで、今の自分にはそれらをある時間までに処理するスペックが足りなかったんだ。

よーし解くぞ、かならず。
それでまた広げたいんだ世界。

tone

2011年9月28日水曜日

3.14159265398979323846268975から先も

言葉の威力 言葉の暴力 言葉の影響力

固められた感情で発された言葉を聞いたときに
それを打ち砕くことばよりも
その言葉を並べて、少しずつほどいていくような流れをつくりたい

その発生源が自分であろうと他人であろうと
言葉が持つ意味ではなく、読み解くことに真剣に。

単純だ 複雑だ 明快だ 不透明だ
偽善だ 真剣だ 一生懸命だ
そんなもので つかの間の満足
そんなもので

今日心して取り組んだやりとりは、
あの言葉の奥にある縛りをほどけるだろうか。
ゲルみたいな形成前の気持ちに還元できただろうか。
それとも別の塊を、作ってしまっただろうか。

私は親切で、つめたい。
その向こうにもまた、円周率のように言葉がつづく。

tone

2011年9月1日木曜日

太鼓たたきの

結局頭に残るのはいつも あの音。
まだ頭が、あのたった40分間の生音の世界に浸ったまま。

すげーわな。生きてるってあーゆことか。
What is need for my life? Of corse friends that to make any sounds together, for real.
Always I hope.

2011年8月10日水曜日

サイラスと影

サイラスは物書きだった。
こどもの頃にもらったペンケースを今も使っている。

サイラスは物書きだった。
彼には生まれた時から一風変わった影がついていた。
人々が足下に従えて歩く影。しかしサイラスの影はサイラスと接する事なく
彼の視界の中のどこかにいつも収まっていた。

旅の途中に思い出した物語のはじまり。
影は、一体だれなんだ?

tone

2011年7月13日水曜日

そうそう
もうすぐ夏休みだからね、いろいろ持って帰らなきゃね。
たいへんだね : )

tone

2011年7月5日火曜日

奇跡

是枝さん、
今日は定時で上がれそうで、ふいにひとりでシネマライズへ「奇跡」を観に行こうと思っいてました。
だけど夕方になって映画館情報を見たら、今日と明日だけは日本語字幕付きの上映だったので、不意打ちで、でもシネマライズ以外に移動はどうも気が進まないので、「…帰ろう」と思いました。

家に帰ったあとは、ギャンブル依存症で施設からも失踪していた無銭人のおとうとが現れて、
「荷物を置いていきます。必要な物は持っていきます。お世話になりました。」と書かれた手紙と手荷物を置いていきました。

母は、アルツハイマーの父に悟られないように、隠れて何度も電話をくれて
「私に頼ってね」と言ったら「ごめんね」と泣いていました。
父が三日前に初めてパニックになったと教えてくれた姉は
「父さんだけでもう十分、これ以上あいつのことでは何も関わりたくないの」と言いました。

でも本当は、私にはまだおとうとについて家族の誰にも言えないことがあります。

時間はただ過ぎました。

今日、「奇跡」を見ていたら、きっと今夜は違っていた。少しだけそう思いました。
幼なじみの家におとうとがおしかけることも、幼なじみの親子が私の家に来て、その2人を家まで私が送ることも、
弟の姿を一目見てしまうことも、避けることも、家に戻れなくなったことも、何もこの場で感じずに済んだと思うから。


友達と夕飯を食べる約束のメールを返信して、テキストを開いて、ギターを弾いて寝る。
予定といえる予定ではなくても、しかるべき私の時間だったはず。

虚無です。


tone

2011年6月22日水曜日

ここから見える景色について

どうも体の火照りが止まないので、自販機にスポーツドリンクを買いに出た。
家を出て、たった15メートル。そのほんのわずかの直線で、
遠くのビルのネオンが点滅するのを眺めて歩いた。
そしてふと自分が今日一日も笑っていない事に気づく。今も。

笑えないのだ。何においても。おかしい。
何が。笑えないのか。何を。笑いたいのか。

そういえば、帰ったというのに、実家にも顔を出していない。
(本気で今気づいたぞ。)
ただいまの一言も、笑顔で言えない。

ささいな出来事でも、簡単に笑顔を無くせる。
それは大切にしていたものを、簡単に壊してしまうかもしれない。

自販機から戻って、ふらふらと自宅マンションに入るとき、
家の全景を捉えて、その光景が久しぶりで、
この家を守るのは…、この家を守るのは、私なんだ。と思った。

それから、
鍵をふらふらとドアにさす時に、高校時代を思い出した。
高校2年の夏に部活を引退した頃から3年の冬まで、毎日学校から帰っては
狂ったようにひとりで映画を見ていた。きっかけは、思い出せない。
コンソメパンチとサントリーウーロン茶のセットを毎日(本当)欠かさず買って、
毎日16:30-18:30、姉が部屋にいない間、許された時間、テレビの目の前で体育座りして見ていた。
でも思い出した。
映画を見終わったあとには、上映10分で食べ終わったコンソメパンチの袋と、
飲み残しのウーロン茶と、リアルに部屋の角で隠れるように体育座りしている自分。
一年間、そんな自分。

知っていた。
映画が好きなのではない。あれはただ、映画に逃げていたのだと。
現実の制約から逃げられるのはそこしかなかったと、思っていたんだと。

それでも映像を学んで、カメラが好きになれた。
編集は、別に好きではなかった。けど、今は楽しいと思っている。

今、誰かを納得させて、挑戦できるビデオを作ること。
仲間といえる誰かと作りたい思いは持ちつつも、その気持ちは持ちつつも、
今できることは、あると。

眺めてるだけでは変わらない。マジで笑えない。
家族も守れないし。
私はきっと、もう長男なんだろう。
なんにせよ変化は必要だ。どうなろうとも変化は必要だ。

まず。

tone
自問自答。そう、記憶も自ら消去して…
あれ、今書いてたら、改めてこれ今にぴったりじゃ。

2011年5月29日日曜日

梅雨入り

いーよいーよ。梅雨になると夏の前の良い香りもあるしね。

tone
I spend mixing sounds with the guitar and rain this afternoon.

2011年5月23日月曜日

雑記

昨日は倉俣史郎さんの作品を見ながら、「重力からの脱出」について考えた。
倉俣さんの強迫観念であったという「重力」。彼の作品は多くがその「重力」から脱するためのデザイン。
とはいえ彼の作品にはインテリアという時点ですでに「上と下」が存在していて、
それを踏まえての脱出は相当困難なようだった。そのもがいた痕跡といえる作品が静かに展示されていた。
重力からの脱出、その定義を作るとしたらどうなものに行き着くか。
自分の意見を見つけるのも面白かったのだけど、誰かと話しながら定義を創作するのも面白そうだった。

それから
今日は、夜になってから、とても気持ちが落ち着いている。今はこんなことを思っている。
最近、本を読んだり、新しい出会いがあったり、人との親しい距離を感じながら、
誰からも存在を隠さなくていいのだ、と感じることが度々あった。
少なくとも淀みようがないのだ。
なんだ、すごくラフで、自然体で気持ちがいい。
透明人間からの脱出。というか待てよ、透明になりようが…ないね!あれ!新たな展開が幕開けかい。
けどともかく、とてもありがたい。大切にしよう。
繰り返される膨大な妄想のつかの間の休止符に、雑文しか綴れないことがすこし悔しくも、飽和状態。
なんだ一体、この文章。

英語の復習量が増えてきて、夜は昼よりも暗記できる量が少ないので、
その分慎重に。そして眠くなったのでこの日記で目を覚まして、もう一丁やりますか。
tone

2011年5月7日土曜日

電車とマダムに起きたこと

夕方17時を過ぎて、一件の振込みを思い出した。
それで会社を出て、近くの商店街に向かった。

その行く途中の踏切で。
まもなく電車がくる。と、その時だった。
対岸の踏切バーの少し左に目をやると、レールの側におばあさんが。
…え。
初見はとても驚いた。「…人!」と。線路スレスレだったから。
というか踏切内だから。
おばあさんだった。おばあさんは、線路に咲いた花を摘んでいた。
(あぁ、花が摘みたかったのか)
両岸の踏切にいた人も皆、そのおばあさんを見つけてやはり驚いていた。
電車は始め、おばあさん側の線路を通過し、続けて反対車線で一本通過した。

本当にひやりとしていた。多分、そこにいた人、ひやりとしていた。

おばあちゃんは線路の横に避けてじっとしていた。ギリギリだった。
通過する電車は続けて汽笛を鳴らした。



おばあさんのところへ行こうと思った。
カンカンカンが鳴り終わって、バーが上がる。
ひとりのおじさんが渡り際に、
「だめだよ!早く出て!おばあちゃん。そんなところ、入っちゃだめだって!早く出て!」
おばあちゃんはぽかんと聞いていた。

踏切を渡って、おばあさんのいる方へ。
「おばあちゃん、こちらへ来れますか」
「…花があるのよ。家から見えるから知ってたのよ。今だって私はちゃんとよけていたのよ。ちゃんと」
「うん、そうですね。でもね、今はあぶないからね。こちらへ来れますか」
「。」
踏切から出てきた。
大声で叫んだおじさんは「線路の中なんだからさ!」
と言って、私と目が会うと去っていった。
おばあさんは目が泳いでいて、落ち着きがなく、しばらく黙っていた。
そして「あんな風に言われたこと、なかったのよ」と言った。

「そうか。きっとおじさんは心配だったんです。ここ、電車が沢山くるからきっと心配なんです」
「私、家から毎日見てるの。だからよく知ってるのよ。いつも花が咲いていて、採れるって知ってるの」
知っている。
私も一年前に同じ花を摘んだ。線路の外からだったけれど。
5分くらいおばあさんと立ち話をしてたら、目がさめたように
「…あなたどちら様?どうしてここに?」と聞かれたので
郵便局へ行きます、おばあさん気をつけて、と言って去った。

おばあさん「ごめんあそばせ」

なんかふわついた、喜怒哀楽どれにもくくれない変な気分。
振込は支店名がわからず不発。
もう不発弾の気分で会社に引き返す。

踏切まで引き返し、おそるおそる線路内を見る。
おばあさんはいない。
よかった。

そうして踏切が上がるのを待っていたら、
向かいの家のベランダから、あのおばあさん。
…あ。
おばあさんは無表情のまま、持っていたバナナを剥いて、
その皮を線路に思い切り投げた。
線路の間に、ぼたり。
…え。
そして、線路を眺めてバナナを食べていた。
目が合ったかどうかの刹那の極みで、私は目をそらして会社へと戻った。

オウ、シュール。それ以外のなんでもね。
tone

2011年5月4日水曜日

usual trip in my brain

隣に立つ中年男性は、この電車に乗って何分経ったのだろうとか。
ドアの側に立つ女子高生の携帯ストラップは、何月何日からそこにぶら下がっているんだろうとか。
私が今手にしている本はこれまで何カ国の人が読んだのだろう、とか。
これまで自分が妄想に費やした時間を合計すると、生きた時間の何パーセントになるんだろうとか。

知らなくても困りはしないことばかりが目に映る。

だから電車に乗り込んですぐに本を開いて、
気づけばたいしたページも進まないまま
最寄り駅手前まで着いてたよ。


「さ、そろそろ行きましょうよ」
「行くってどこへ?」
「忘れたの?春と夏の間は夜に散歩しようって決めたでしょう」
「そうだったかな。実はよく覚えてないんだ、去年のことは。つらい年だったからね」
「人は大切なことを忘れていくものよ」
「でも君は散歩の事を覚えている」
「忘れたのね。私、その時は「どうかしら。行きたくなるかは春が終わらないとわからないわ」って言ったのよ」

明日は散歩したくなる気がするから、晴れてくれないかな。
tone

2011年4月15日金曜日

風邪をひいた。
風邪で会社を休むことはしばらくなかったのに。
一日寝ていた。
寝るとかならず夢をみるのだけど、今日も沢山みた。

夢の中の夜、どこか高台の、白い城のような建物の前で人が集まっていて、
私はいつも使うビデオカメラを持っていた。
現場を目の前にして、一般的なカメラ操作で撮影しようとして、
それがどうにもつまらなくてカメラをいじくっている。
ホワイト、シャッタースピード、アイリス、フォーカス、レベル、
ハンディ。その操作をしていると、常識にとらわれてばかりで
いつもと同じ画になっていて、どうも自分の理想と違う。
もっと整理されてなくて、不規則で、アンバランスでたゆたう感じがいい。
この画も悪くないんだけど、いつもと一緒。
そう思えてどうにもつまらない画ばかり。
そのうちに自分は今何がしたいんだろう?と考えていて、
カメラを逆さまに持ちなおしたところで目が覚める。昼。

深層心理は、わりと海面の心理と近い気がした。
風邪、さっさと治そう。
tone

2011年4月12日火曜日

‪Don't Think Twice, It's All Right

4年前、私は三軒茶屋のRAIN ON THE ROOFという店で働いていた。
openメンバーに三ヶ月遅れての新入社員。
入ったときは最年少で、そしてそれまであまり体験した事のない、
まっすぐに優しくて強くておおらかな人たちに囲まれる感じが、
言葉遣いも粗悪だった自分には清潔すぎて申し訳なくて、
はじめは時々どうしたらいいのかわからなかった。けど、すごく嬉しかった。

rainでは、何冊か本や冊子を委託販売していて、
これがなかなか売れないのだけど、中には楽しい本もある。
店長の瞳さんが「それはこのお店をプロデュースしてくれた人の本だよ」と教えてくれた。
あの頃rainでは日曜日が定休日で、月に数回イベント営業をしていた。
Poetry on the Roofというイベントで、
私は初めて永井宏さんに会った。瞳さんが教えてくれたrainの生みの親。
昔はBRUTUSの鬼編集長だったと聞いて、はじめは少し緊張した。
葉山、逗子といった場所がまさによく似合う、サーファーシャツにハーフパンツ、
ギターを抱えたおじさまだった。
初めて交わした言葉は、
「お店の看板、あれトネヤちゃん書いたの?」
「はい」
「あの感じいいねー!」
だった。

その後も、永井さんは別の絵を気に入ってくれたのを覚えている。
永井さんは二ヒヒ!と笑顔ですごく自然に、楽しそうに言うので、こっちも二ヒヒ!と楽しーい気分にしてくれた。
そしてその日、永井さんがライブで歌ってくれた歌が、私は大好きだった。
あれからライブの時は、カウンターの内側からそれを楽しみに聴いていた。

何回目かのイベントでお会いしたときに、カウンター越しに片付けをする私をぞきながら
「とねちゃん、そこから飛び出しちゃいなよ」と永井さんは言った。そして「ニ!」と悪戯そうに笑ってくれた。
何も形にできていないあの頃、その言葉はあまりにも強烈だったので、よく覚えている。

それから後、永井さんが開いたギャラリーでの個展は、
楽しさとロマンチック(!)で溢れてて楽しかった。
その時だったかは正直覚えていないのだけど、あれからもう一度言われたのを覚えている。
「とねちゃん、飛び出しちゃえ」だか「飛び出すの決めた?」だか、そんなような言葉。
「いやーそうですね、ははは 照」

永井さん、私はrainから飛び出しましたね。そしてあの後、世界を一周しました。
あの言葉は、本当に嬉しかったです。
‪Don't Think Twice, It's All Right
永井さんがつけた日本語の歌詞が好きでした。
ありがとうございます。この出会いに感謝しています。
今、あの曲を聴いていますよ。自分もギターで歌いますね。
心の底からご冥福をお祈りします。


‪永井宏 '' Don't Think Twice, It's All Right -くよくよするなよ- ''‬

座り込んでそんなに悩む事なんてないさ
さほど気にすることじゃないだろう
いつの時代だって嫌な事も悪い事もあるから
さぁ 立ち上がって
夢を見ることばかり 考えてごらん
君の前に立ちはだかるものなんて 何もないから

そう 君ならなんとかできる だから
くよくよしないで It's all like a day

右を向いたり 左を向いたりしないで
信じられるものだけをつかまえて
まっすぐな道をあるけばいいさ
それが愉快でいられることならば
いつも 笑顔で過ごして
「やぁ、ごきげんかい?」なんて声をかければいいさ

そう 君ならなんとかできる だから
くよくよしないで It's all like a day

いつも困った事があってから
声をかけられても みんなつらいんだ
自分のことで悩ませてばかりいると
いつまでもみんなつきあいきれないさ
だからもっと 胸を張って
この世界の大きな空気を吸い込んでごらん

そう 君ならなんとかできる だから
くよくよしないで It's all like a day

ひとり寂しく夜の道を歩くなんて
だれだって嫌だろう
でもGood byeって別れるときもあるさ
君がもっと強くなるために
だから歯をもっとぐっと噛み締めて
涙なんか流さず 歩いてゆこう

そう 君ならなんとかできる だから
くよくよしないで It's all like a day

そう 君ならなんとかできる だから
くよくよしないで It's all like a day


[Originally by Bob Dylan]

It ain't no use to sit and wonder why, babe
It don't matter, anyhow
An' it ain't no use to sit and wonder why, babe
If you don't know by now
When your rooster crows at the break of dawn
Look out your window and I'll be gone
You're the reason I'm trav'lin' on
Don't think twice, it's all right

It ain't no use in turnin' on your light, babe
That light I never knowed
An' it ain't no use in turnin' on your light, babe
I'm on the dark side of the road
Still I wish there was somethin' you would do or say
To try and make me change my mind and stay
We never did too much talkin' anyway
So don't think twice, it's all right

It ain't no use in callin' out my name, gal
Like you never did before
It ain't no use in callin' out my name, gal
I can't hear you any more
I'm a-thinkin' and a-wond'rin' all the way down the road
I once loved a woman, a child I'm told
I give her my heart but she wanted my soul
But don't think twice, it's all right

I'm walkin' down that long, lonesome road, babe
Where I'm bound, I can't tell
But goodbye's too good a word, gal
So I'll just say fare thee well
I ain't sayin' you treated me unkind
You could have done better but I don't mind
You just kinda wasted my precious time
But don't think twice, it's all right

2011年3月31日木曜日

my work.

第2回ができあがりました。
この機会があってよかったと思うほど、素敵な方でした。

2011年3月30日水曜日

One by One by One

先週から仕事中にNHKを見るのをやめた。作業が中断するからだ。
二日前から朝だけは部屋が暖まるまで暖房をつけることにした。
ここ数日、朝があまりに寒くて節電が下手な自分にやるせなくなったからだ。

拡散する情報の取捨選択。
そこから自ら調べた情報も改めて取捨選択。
どれだけ網で漉しても、結局あいまいな詳細の中で、必要なものだけを探し出すのには時間がかかりますね。

それと平行して、生活を続ける。
朝起きる。会社へ行って、目の前の仕事をする。納期は末日。
帰ってきて照明を消したままの暮らしを続ける。
今日一日の災害の現状を取り入れる。取捨選択。眠る。
過剰な節電を止めて、三日くらい経った。

今自分が必要としてるものは、何か。
普段見ないテレビでニュースを見るだけで、儚いくらいあっさりと時間が過ぎる。
それはいい。何かできることを見つけたらしたいと思うし、少しずつでも今より良い状況へと打破するものを見つけたい。
ただ自分も多くの人がそうであるように、自分が選んだ情報や考えも、手でつかんでみると、何となくぬるりとすべり落ちそうな感じがする。自分自身で見て捉えた情報でないものだから、足りない気がするのはそりゃそうだ。
そうやって早く結論つけたくなるのは、どうなんでしょうか。
私より倍の量、ニュースを見ている人がいたとしても(また逆に見ていない人がいたとしても)、
それは同じような立場であるかぎり説得力は量でも質でもない気がします。

それにしても取捨選択は必要だ。
ひとりひとりが。

tone

2011年3月16日水曜日

私の街では

花粉症のために過剰に消費している保湿ティッシュ。
災害の前に買った分でまだ足りると思ったんだ。
でも、足りなくなってしまった。
それでも多目的用の普通のティッシュがあったから、それでいいやと思ってここ数日使っていた。
だけど鼻が痛んで、我慢してたら悪化したので
…買うか、と思って薬局へ買いに行った。

近所の二つの薬局ではすでに品切れで、三つ目に近い薬局に行くと
カシミアティッシュが二箱残っていた。
そんなにないのか、と思った。その二箱を手にしてレジへ向かった。
するとレジの男性にひとり一箱までだったと聞かされた。
「あ…すみません。じゃ一箱ください」
「大変申し訳ありません。大変申し訳ありません、本当に申し訳ありません。申し訳ありません。」
そう何度も謝られた。不意打ちに頭がぐらっとして泣きそうになって、堪えたら息がつまった。
(だから今日ここに書いているのかもしれない)
お願いだから謝らないで。あなたは悪くない。
お願いだから謝らないで。だれも悪くない。



ドトールでパソコンに向かう。
一息。
常連のおじいさんが店員に話しかけてる。
「なぁ、もうパンないだろう!」
「いや、ありますよ」
「…なんで。」
「ありますよ」
「俺、今パン買ってきた。触っていいぞ」
「へえ~」
「触って良いぞ!」
「いいですね。あ、あったかい。」
「そうだろ。これ、今からいつも朝行く喫茶店に持っていくんだ」
「喫茶店?うちにも来てくださいよ」
「来てるだろ!毎日!」
「まぁ」
「パン、まだあったかいだろ」
「はい」
おじいさん笑ってます。

いつもの生活ができるところを大切にして、
そうでないところはじっとする。
今日は自宅作業を選択してよかった。街の人を見れた。
tone

2011年3月15日火曜日

What I can do today.

These several days were unimaginable days and the damage still continues.
Seriously, I can not talk a lot about Tohoku in Japan.
Because I was not there. It distress me.
However, I know many people who live in Tohoku are still keeping face up squarely to sadness and the disaster.
I will to do what I can.

So today, it is my roommate's birthday. It have only me what being able to say to her directly, "Happy birthday"(This text is maybe not clearly).
I guess that's something else that I can to do for anyone.
So a little while ago, I celebrated her with a lot of Happy Birthday songs.

This slogan is perfect match for you, Lily.
"No music, no life"
tone

#001


#002


#003 finale

2011年3月10日木曜日

寒くてもあり、な今夜。

地下鉄の駅に向かう途中に東京タワーが目に入って、「…綺麗」。
気分が変わって、六本木ヒルズのガーデンに寄り道。
東京タワーが近くに見える場所は久しぶり。
寒いけど、眺めがいい。

今夜は寒くて、誰もいないガーデンのベンチでひとり。
向こうから女の子がやってきて、側で東京タワーにカメラを向けたりあちこち移動していて
少ししてから、少し外国発音の日本語で「自分とタワーの写真を撮ってほしい」と頼まれた。
撮ってほしい構図があるみたいで、何度も撮る。
「こう?」「これはどう?」「これだと貴方にピント合わないけどいい?」
そうして数枚撮っているうちに、2人とも盛り上がってきて沢山写真を撮った。
最後は私のカメラに2人で映った。

彼女の故郷のバンコクの話を少し聞きながら、ほうほうと聞き入る。
最後にレシートの裏に書いた連絡先をもらって、私も渡して、
ふたりで「寒いねー」って笑って握手して、
「手つめたいねー」て手こすり合いながら笑ったさ。

tone

見たときはもっと近く感じたものの。

2011年3月5日土曜日

Always for you

The Album Leaf
朝起きてから、久しぶりに聴いている。

下北沢で朝までひとりで飲んで、
明け方自転車走らせて家へ帰って、
部屋に戻ると朝日が上っていて、
興奮して眠れずにベランダで一服したなぁ。

千歳船橋で暮らしたあの白い部屋。
天井が高くて出窓があって床も白くて。
商店街も人も、好きだったな。

さて、バイク屋に行くぜー
tone

2011年2月28日月曜日

書き出し

こう思うんだよ。
何?
それぞれがさ、言葉になるんだよ。何もかもが。
好きなの?
違うんだ。だけど、言葉に成っていくんだよ。まるで気体が固体になるように。
どうして?
的確だと信じてるわけじゃないんだ。でも勝手に構築されていくんだよ。何もかもがね。
つながるの?その言葉は。
文章になることもあるし、ただの音のように現れては消えることもあるよ。
ただそれが、今はとても嫌なんだよ。心地が悪いんだ。
それなのに止まらないんだよ。とても疲れてくるんだ。
私にはわからない。あなたがどうしてそんなに自分をコントロールできないのかが。
自分でもわからないよ。でも聞いて、外に何がある?今この窓を開けたら、「雨が降っている」と思うだろう?それを「雨」と思うだろう?これが今の僕のジレンマなんだよ。
難しいわね。どうしたいの?
だってそれを見て自分の中でわざわざ文章に置き換える必要がないと思うんだ、本当に。「雨」だなんて誰が見てもわかるからね。異常なんだよ、言葉を使う箇所が多すぎる。異常なんだ。その現象を視覚で捉えて、それでいいじゃないか。
あなたがそう決めているだけでしょう?私には理解できないわ。
そうなんだ。吐き出したかったんだよ。あまりの早さで作られる変換処理に付いていけなくなってね。感情もね。だから出てきたんだよ、ここ(口)から。
矛盾ね。
そうかもしれない。

2011年2月26日土曜日

歩きながら②

外に出て、コーヒーを飲みながら本を読もうと思い、
武蔵小山という、歩いて10分くらいの少し栄えた街に向かいました。
前日、会社にiPodを忘れてしまい、
iPhoneに音楽を取り込んで、iPod機能を初めて使いました。
そうしたらさ、こんな事を思ったんです。

すごいな、iPhoneてこんなに容量あるのか。
それに今や一つの半導体チップの大きさも数ミリサイズになっていて、
これからもどんどん小さくなるんだと。
半導体の電子を使うデバイスだけじゃあと数年で縮小の限界に達することがわかっていて、
研究者たちは随分前からそれに換わるものとして
電子の「スピン」を使った情報処理を目指している。
そんなことになったら、とても小さな大容量デバイスができて、
「それなら人間にも埋め込めるぜ?」って話だってありえる。

そしたらもう、iPhoneとかiPodを持たずに音楽を聴くのかな。
嗚呼それに一つのデバイスだけで随分容量があるから仕事だって頭にしまえるね。
生まれながらの脳の容量はそこを負担しないで済むね。スケジュール管理とかさ。
頭の中でハードディスクからカレンダー開けばいいんだからさ。

始めは、一部の人が脳内の一部を機械にしてさ、それがやがてもっと安全が証明されてくると
みんな脳内に埋め込むの。
そこの買い物してるお母さんも、自転車で走り過ぎる男の子も、その交番のお巡りさんも。
みんな持ってるの、ハードディスク。

そうなってからは、私はこういう日、こういう時間に何をするのかな。

……。

本を読みに、コーヒーを飲めるお店に行くんだろうな。
今みたいに。
tone

ブックカバーをシャレオツにカスタムだぜ(最近「だぜ」をご愛用)

歩きながら①

自分の挑戦すべき時期に
なぜ、そこにいるのかと思う時。
自分の行いを思う。

自分を高められる環境を欲しがって
そういった場所を見つけては門をたたく。
で、自分に物足りなさを感じる。
ただ、門をくぐった時点でその環境に見合うものを
すべて揃えていなくて当然なのだ、と。
常に自分に何か不足を感じられる
環境へ自らの意思で飛び込んでいるのだ、と。
取り組むうちにその場所で不足を感じなくなると、またどこかに目が行くのだ、と。

「…じゃ、やっぱ間違ってないわ」

それがまるで鉄棒の逆上がりのようで、
考えを一周してきた自分がもとの位置にバシン!と収まって
その瞬間に、元の位置にいた自分が一周してきた自分に後押しされる感覚がありました。

何かが明快になったので、鉄棒を離れて歩く事にしました。
現実では、止まっていた足が歩き出しました。

国道の歩道で。
tone


…えっ

2011年2月21日月曜日

だれかと

だれかとだれかと

ここにいるだれかと

どこかにいるだれかと

だれかとだれかと

きょうもありがとね

またあしたね


tone

2011年2月18日金曜日

at night.

I was making this at last night.
Please check it when you have time.



and
If you wanna extra music.

2011年2月14日月曜日

The Clean Room

今日は撮影でクリーンルームに入りました。
外部のチリ・ホコリなどを一切取り除いた、無菌の世界。
殺菌された全身白尽くめのスーツを着て、除菌するための風を浴びて、
初めて入る世界。

素晴らしい世界。

いいにおい。なにも変な匂いがしない、いいにおい。
なんか、どこかで味わった懐かしいそわそわしたにおい。
しばらくして、夏の夕立の前のにおいにちかいと思った。
「今嗅いどけっ!」とばかりに吸い込みました。
そわそわしました。

いい気分です
tone

2011年2月13日日曜日

実験ブログ【中級】:ひとり遊びを伝える

頭の中で言葉の意味を分析することがあります。
機械をドライバーで細かく分解して、また組み立てる。そんな感覚で。
お題は日常に溢れていますが、せいぜい一日に一つが限度です。
すごく没頭する分、疲れます。
私の癖のひとつです。ひとりで遊んでいます。

分析の行き着いた先は、言葉の意味を解くとはかけ離れた、別の話題になることもあります。
自然と違う機械に組み上がる。これもこの癖の面白いところです。
今日は「当たり前」の意味を考えていました。
自分の「当たり前」と言い切るものを分解したらなかなか凶暴な気持ちが現れました。
ちょっとぞっとしました。

いつも脳内だけで片付けて、一連を書きおこしたことはありません。
とても瞬間的かつ断片的なので書くのが難しい。
ただ、今日は試しに具現化してみたいと思ったのでここに残すことにしました。
脳内の時と同じ順番に話をします。

『そもそも当たり前とは、どこから始まるのか?』
『当たり前=そうであることが普通』
(『普通って何…』)
『自分のこだわりを人に押し付けるときにも』
『あるがままのことを指す時にも?』
『安易に感じられない言葉だな』
『でも自分にないと言ったら嘘だな』
『初めて当たり前と思ったことってなんだ?』

思い出せるか?

断片

小さい頃の髪型は、ずっとショートカットだった。しょっちゅう髪を切られていた。
何で切られているのかも気にならないし、楽しいイベントだった。
それから成長すると自然と意思が生まれて、
小学二年生の時、両親に「髪を切りたくない、かわいいヘアゴムをつけたい」と抵抗したとき、
「あんたは短い方がいいのっ」と言われて、美容院を予約されていた。
アトピーだからという理由も聞いていた。アトピーは何も変わらなかった。
変なのっ、と思っていた。

さらに成長して思春期になって、自分の人格を感じるようになって
自らショートカットだろうと思うようになり、そう振る舞った。
「短い方が性に合ってる」
両親は言った。「あんたはアトピーだからね」
「違う。私らしいから切るの」

長くしたり、ばっさり切ったり、派手に染めたり。
髪型を変えることは、気分を切り替える手段のトップにあがる。
だから大事にしている。
こういう髪型がいい、と言われると「いや、そこは私の髪なんで」と聞く耳をもてない。
相手にはそんなこだわり知る由もないのだから、
それはきっと嫌な印象でしょう、かわいいとはいえないでしょう。
それでも。

断片

下妻物語【竜ヶ崎桃子の発言】

人間はひとりなの
ひとりで生まれてひとりで考えてひとりで死んでいくの
「人はひとりで生きられない」なんて、
だったら私は人じゃなくていい ミジンコでいい
寄り添わなきゃいけない人間よりもずっとずっと自立してるもの
「じゃ、友達や恋人は?」
「親や子供はどうするの?」
そんなもの、私には社長、係長、飼育係、管理人という肩書きとおんなじなの
それ以上の意味なんてぜーんぜんないの

「かわいそう…あなたって、かわいそうな子」


でも必要だろう?
だから尊重できるんでしょう?自分も他人も。




脳内物質が酸欠で、一旦現実に戻る。
卵ご飯を食べる。も、再チャレンジする気力もどらず断念。



「当たり前」にはほど遠いのか、それも判断できないほど
組み立て不能なカオスな結果
tone

2011年1月29日土曜日

now my favorite



最近の夕飯はトーストです。

家に着いたら、キッチンへ直行してお湯を湧かします。
上着を脱いで、キッチンへ戻ってパンを焼きます。
両火のグリルで、裏面が少しこげる程度に5分ほど焼きます。
パンを焼いてる間に目玉焼きを作ります。
熱したフライパンに卵を落として、水を小1入れて蓋、2分ほど弱火のち塩こしょうをまぶして放置。
その頃にちょうどパンが焼けます。
マヨ、キャベツor ほうれん草、ハム、目玉焼き。完成。
湧いたお湯でコーヒーを入れます。
つけ合わせはポテトチップスです。ポテトサラダの代用品。

帰ってきて20分後には跡形もなくなる、あっという間の夕飯です。
食後はコーヒーをちびちび飲みながら、ゆっくりパソコンをします。
tone

2011年1月27日木曜日

部屋の温度

いつもと変わらぬ日常。
ただ、昨日から同居人が帰郷中。
私たちはいつもお互いの時間を自由に過ごす。
目の前にいても話さない朝もある。
「いってきまーす」「いってらっしゃーい」だけの低燃費な朝。
お互いがいるのかいないのか、不思議なくらい自然と。
たとえ音がまる聞こえの各部屋でも、気づけば聞こえないものとして過ごしている。
たとえ同じ時間にご飯を食べようともそれぞれで作って、
目の前でそれぞれの食事をとって、少し話す。笑う。
ふいにタイミングが合うときに、2人で過ごす。夜更けまで。
なんとも自由な空間をつくってくれる。

だから、いないからといって特別時間がずれることはないのだけど、
今日は、家に帰ってきて「いないなー」と思った。
なんでかね。部屋が広い。少し温度も低い(ただでさえ低い上に)。
そんな人がいるって貴重ですね。

tone

「なんのための冬なんだよー」と言ったら、
夏を楽しむために冬があるのよ、と母は言った。really cool

Sky in August

Original

ネットでつながる。
ネット上で何かを表現すると、見えないワイヤーの向こうで、不特定で複数の人が自分を確認する。
気軽なファン。気軽にデビュー。
だからyoutube?facebook? twitter?
そうかもしれない。
いいじゃん。
誰もがつながる訳じゃない。つながる誰かを見つけるため。
肉体ある社会と同じ。
ただ、そこではパーソナルがより自由に飛び交える。つながる可能性が莫大に増える。
超おもしろい。
そのフィールドが、電波の許す限り広がるなんて助かる。

何飛ばそうかと悩む時間はもったいない。
やることに価値がある。カタチになって面白さがでる。
「面白さ」それは自分でも誰でもそれぞれが思えばいい。
一回で面白い物ができるとは限らない。
一回目は結果であって結論と言わない。二回目をやればいい。
考えてる間に目の前のタバコの煙でも撮影してupしたらいい。いつか煙好きが現れるかもしれない。
適当に楽しもう。no drank

飛ばしたい
そして自分を飛ばしたい
社長も飛ばしたい
飛ばそ

tone

愛すべき my boss

2011年1月19日水曜日

これからという意思を保つ

友達が長い長い船旅から帰ってきた。
その友達が、今年の始めにイースター島で書いてくれた手紙は、今日ポストに入っていた。

そのはがきを眺めながらこのブログを書き始めたら、タイムリーに
「船の遅延で、今日、日本に到着しました」とメール。
過去と今の交差。そんな面白さももらった。

今日は、新しい仕事がようやく公開された。
この始まる感じが、楽しいなと感じています。責任も感じることも必要。
元は、「自分の挑戦」という感じで黙々と取り組んで、
そのうち一緒に制作している人や、
これを見る人が喜んでくれたらいいなと思うようになった。
こう文字にすると多少綺麗事に聞こえてしまいます。しまいませんかね。かゆくないでしょうか。
もとい、ようやく始まった。まだ「二本足で立った」という感じで、安定感はこれから。
試行錯誤で育てていく。

最近、同居人が口にした素敵な言葉「ヤバイ優先!」に、私はあやかっている。
やらないと=ヤバい でなく、 興味をもった=ヤバい を優先。
集中力は限られている。集中するにはまずスピードにのることかもしれない。
「ヤバイ優先」で走行したら、思った以上のスピードが出て、距離を稼げる。
停止距離も長いので他のことにも手がすすむ。のかな。どうだろう。

たまに撮るビデオ、今も続けています。
tone

新しい仕事。次回はまた少し先になりそうです。


集中と息抜きをくれる。

2011年1月10日月曜日

While the radio is flowing.

休日の朝、目が覚めてラジオをつける。
チャンネルは大抵J-waveにしている。
ラジオの向こうは六本木で、誰かが今朝の様子を気持ち良さそうに話している。
昼からカフェのイベントをやるらしく、アルバイトを急募している。
おいしいコーヒー豆を探す人の話、それから何かの募集やそのキーワードを、
化粧をしながらなんとなく聞いている。
日曜の朝ならではの、ロックすぎずJ-popすぎない安定感のある80'sの明るい洋楽が流れる。

そのまま会社へ行って、少し仕事。今日は少し。何か進めておきたかった。
新しい番組の骨組みが出来上がったところで、また新たに
足りない要素が見えてきた。まだいくつか物足りない。
これをどうしようか。考える。すぐに思いつかず、気づけば…「あ、また急いでいる」

こういう時は何かを変えよう。自分の時間を費やしながらうちで考えてみよう。
16時すぎに会社を出る。(今日のバイクは冷えた…)
家に帰って1時間ほどギター。昨日の続き。練習練習。新しいフレーズも見つけて練習。

日が暮れてから、同居人と少し会話をして、
部屋を掃除して(ラップトップPCをやっとデスクへ)
パソコン作業再開。今度は自分のことから。
もう一つの課題、英語について、今日から家中に英文を貼ることにした。
例えば歯磨きをするときに「brush my teeth」と書いた紙があるように、自分の日常の行動を英語で覚える。
今、そのテキストを作っているところです。
この方法でどんな効果を出せるのかな。
遠足前の気分と、大人になってからの責任感で喉元がきゅっとなる感じ。
少しずつでも、変化をもてるように。

そんな中、再びラジオをつけたら、朝のカフェイベントが終盤を迎えていて、生ライブなどを流していた。
今度は朝とガラリと雰囲気が変わっていて、日曜の夕方、日が暮れたばかりの、
なんとも言えない青い時間の音楽が続く。ジャズやフォークや「PAINT THE SILENCE」from SOUTHなんてのも。
どこにいても同じ時間経過を過ごしているなーと。当たり前のようで、不思議な感覚になった。

tone
「PAINT THE SILENCE」from SOUTH

2011年1月7日金曜日

20110107-仕事に没頭しながら感じたこと

不思議なことに、
仕事とかプライベートといった感情の概念がとても薄くて、onでもoffでもない。
もう少し近い言葉でいうと、「ずっとonに近いところにいる」のかもしれない。
量子活動のような。0でもあり1でもある。
スイッチを 入れる/切る
それをせずとも磁石を近づけたらその方向へ進む自然物理現象。でしょうか。

気分を変える。ひと休み。
時には必要なもの。

ただ今は活動してたい感覚が止まない。起きていたい。この意欲を無駄死にさせるのはもったいない。
会社も休日に行くなら、仕事でもいいし仕事のための勉強でもいいから、その時やりたいことに取り組む。黙々と。
家でも同じ。仕事でも自分の作りたいものでも勉強でも。
とはいえ自分なりに、意欲が尽きないように、フード深くかぶって視界を遮ったり、
周囲の声が聞こえないように耳栓したり。「テレタビーズ」と言われながら(初めて見たけどブラック満載)。
それとできるだけ少しでも取り組んだことに変化を起こすことにする。
次やるときに前と同じ段階だと萎えることがあるからテイクケアマイセルフ法。
なんでもあり。

仕事だって英語だってギターだってon。
そう思ったらなーんも。
冬でもバイクにまたがればon。
毎日晴れなら結局気持ちがいい。

仕事の最中に、ふとこれを思って、一言だけメモしたらそれで考えはスッと止んだ。
意識散漫せずにビデオの構成が出来上がった。嬉しくてまた集中した。
いつもこの状況が舞い降りるわけじゃない。
それでも続けたいから、この「いい感覚」を今のうちに体に染み込ませておくといいかもしれない。だからブログ。
名前でもつけよう。
…スイスイ(いい感覚のこと。主に、何事にもノリに乗っているとき。)

スイスイしたい。また明日も。
tone

2011年1月1日土曜日

105から

去年の最後に、初めて自分に向けてビデオを撮った。
そのビデオで見ていると、その時出てきた言葉が別の人のようで、
とても新鮮だった。驚いた。

「端から見る。」
森の中から見てた景色と、その森を外から見る景色。
思いつきでやってみたそれは、
今まで見たかった方向から自分を見れて、問えて、とてもよかった。

新年を迎えても、現実では時間は続いていて、昨日までのことが新しくなるわけではない。
都合のいい夢じゃない。
そこがいい。だからこそ前を見る。
ひとりでいい、ひとりでなくてもいい。(まるでキューピーハーフ)
どこいても変わることのない姿勢の自分で居れること。
これまでも、今も自分が目指すのはそこ。
not enough

明けまして、おめでとう。
tone