頭の中で言葉の意味を分析することがあります。
機械をドライバーで細かく分解して、また組み立てる。そんな感覚で。
お題は日常に溢れていますが、せいぜい一日に一つが限度です。
すごく没頭する分、疲れます。
私の癖のひとつです。ひとりで遊んでいます。
分析の行き着いた先は、言葉の意味を解くとはかけ離れた、別の話題になることもあります。
自然と違う機械に組み上がる。これもこの癖の面白いところです。
今日は「当たり前」の意味を考えていました。
自分の「当たり前」と言い切るものを分解したらなかなか凶暴な気持ちが現れました。
ちょっとぞっとしました。
いつも脳内だけで片付けて、一連を書きおこしたことはありません。
とても瞬間的かつ断片的なので書くのが難しい。
ただ、今日は試しに具現化してみたいと思ったのでここに残すことにしました。
脳内の時と同じ順番に話をします。
『そもそも当たり前とは、どこから始まるのか?』
『当たり前=そうであることが普通』
(『普通って何…』)
『自分のこだわりを人に押し付けるときにも』
『あるがままのことを指す時にも?』
『安易に感じられない言葉だな』
『でも自分にないと言ったら嘘だな』
『初めて当たり前と思ったことってなんだ?』
思い出せるか?
断片
小さい頃の髪型は、ずっとショートカットだった。しょっちゅう髪を切られていた。
何で切られているのかも気にならないし、楽しいイベントだった。
それから成長すると自然と意思が生まれて、
小学二年生の時、両親に「髪を切りたくない、かわいいヘアゴムをつけたい」と抵抗したとき、
「あんたは短い方がいいのっ」と言われて、美容院を予約されていた。
アトピーだからという理由も聞いていた。アトピーは何も変わらなかった。
変なのっ、と思っていた。
さらに成長して思春期になって、自分の人格を感じるようになって
自らショートカットだろうと思うようになり、そう振る舞った。
「短い方が性に合ってる」
両親は言った。「あんたはアトピーだからね」
「違う。私らしいから切るの」
長くしたり、ばっさり切ったり、派手に染めたり。
髪型を変えることは、気分を切り替える手段のトップにあがる。
だから大事にしている。
こういう髪型がいい、と言われると「いや、そこは私の髪なんで」と聞く耳をもてない。
相手にはそんなこだわり知る由もないのだから、
それはきっと嫌な印象でしょう、かわいいとはいえないでしょう。
それでも。
断片
下妻物語【竜ヶ崎桃子の発言】
人間はひとりなの
ひとりで生まれてひとりで考えてひとりで死んでいくの
「人はひとりで生きられない」なんて、
だったら私は人じゃなくていい ミジンコでいい
寄り添わなきゃいけない人間よりもずっとずっと自立してるもの
「じゃ、友達や恋人は?」
「親や子供はどうするの?」
そんなもの、私には社長、係長、飼育係、管理人という肩書きとおんなじなの
それ以上の意味なんてぜーんぜんないの
「かわいそう…あなたって、かわいそうな子」
でも必要だろう?
だから尊重できるんでしょう?自分も他人も。
脳内物質が酸欠で、一旦現実に戻る。
卵ご飯を食べる。も、再チャレンジする気力もどらず断念。
「当たり前」にはほど遠いのか、それも判断できないほど
組み立て不能なカオスな結果
tone
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