「今日思うことを、明日も思えるか」と考えるときがある。
考えること常日頃そしてそのための記録。

2011年10月3日月曜日

収拾

今日は、自分の思ったことと、放った言葉のシンクロがどうも良くなかった。
思ったことを口にしたはずなのに、それは一見変な言い方だ。

気持ちと放つ言葉がそれぞれ10センチだったとして、
どれも3センチくらいずれて重ねてしまったような、そんな感じだった。
疑問に思い始めてから考えてみた。
何かを見て感じるものの、個々のボリュームが今日は大きくて、
地震から思っていたことや、原発の今の状況や、
普段そこまでできない、埋もれてしまった情報の掘り起こしや、
それから、くつろいでいながらも、どうして自分はクラシックが好きなのか不思議に思って、
クラシックの成り立ちと自分を照合して、その心理とか考えて。

そんなことしていて、整理しきれないまま、それでもその良さとか大きさを表現したくなって
整理して説明しようとした。
ただ、やってみたら、それがなんとも噛み切れない気分にさせた。
真剣なのにどうしてこんなに表現できないんだろう、と軽く悩みかけたが、
今ここで書いてみたら、どうだろう、謎は解けた気がする。

まだ整理しきれてない。
それくらい、一日インプットな日であった。
そのどれもが、いい加減にこぼさずに、自分に落とし込みたいものであった。
それで、今の自分にはそれらをある時間までに処理するスペックが足りなかったんだ。

よーし解くぞ、かならず。
それでまた広げたいんだ世界。

tone

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