「今日思うことを、明日も思えるか」と考えるときがある。
考えること常日頃そしてそのための記録。

2011年11月30日水曜日

高層ビル

新宿の高層ビルが好きだ。
ひとまず外観が好きね。これは歩きながら眺めるのが良いね。
西口の交差点を渡りながら、都庁方面を眺めてあるけば、
数体の巨大な長方形が音にはならない深いうなりを放ってゆっくり重なり合っていく、または離れていく。
このなんとも巨大な立体感が…いい。…いい〜。
横断歩道を渡りながら「あ〜〜」て漫画みたいなうっとりたれ目になる。
同じビル地帯が好きなんだが、昼はあまり行かないので昼もその角度が好きかまではわからない。
けれど日が暮れる夕方から夜は、その横断歩道からが本当にいい”あおり”になっているよ。
正方形のいくつもの窓が蛍光灯で光って、X×Y×Zが黄金比で整理整頓されてて(下見えてないから)。
完璧感よ。好きなやつよ。

人に執着を尽くす事はあまりない。他人はどう思うが知るまいて。
けれど一種、物への執着がめちゃくちゃある、のは知っている。

来年、愛車とさよならする日が来ることを、情けないほど唯一、かなしんでいる。
ああこんなの生き別れだ。別れたくないのに別れを告げなくちゃいけない。
私がいてあいつであいつがいて私なのに!ほらね!うざい!でもいい!
別れるくらいなら行きたくない…とさえ思う。…嗚呼!かなしいわ(ダブルミーニング)!
本当は心残りなしなんて嘘で、これひとつはずっと心にあってモヤって陰ったので意味ねーと思っただから今日書いておく。
私は行くから。それでも行きたいから、行くわ。すっげーーーかなしいけど行くわ。

そして横断歩道を渡り終えて視線を戻した時に、同じ目の高さに沢山の人の形をした物が沢山ひしめきうごめいていて、なんだこれ、人間ってこんな生き物なの?人間て何なの?私って一体何からできてるんだ?
って、だいぶ飛んでいってた。

tone

2011年11月29日火曜日

沼の主

森の中を歩いていた。
いつから歩いていたんだろう。
もうそれほど日の明かりもない。
日没までに、辿り着きたい場所がある。
この風のにおいからすると
明日は夕方から雨みたいだから、
用事を済ませたら、すぐに折り返したいのだ。
洗濯物を干してきたから。
まもなく、ほんのわずかな枝の隙間から
森の終わりが見える。
きっともうすぐだ。

森の茂みを抜けると、そこにはどろんとした沼があった。
沼をまっすぐ突っ切った先には、あの家。
私のもうひとつの家。
古くなって使えなくなった、大切なもの。
そういうモノを、私はあの家に大切に保管している。
そこにしまっておきたいのだ。

けれど、沼がある。
どうした。いつから、こんなものができたのか。
どうにか渡らなくては、手にしたものが粉屑になってしまう。
夕刻はそこまで迫っている。
どうして沼がある?
手にしたものは、大切だったのか?
もう一度手を開いてみると、
手のひらから、白い粉が生ぬるい風に吹かれてササラササラ。

飛んでいった。
沼は相変わらず、深い色で私を眺めていた。

tone