「今日思うことを、明日も思えるか」と考えるときがある。
考えること常日頃そしてそのための記録。

2012年3月24日土曜日

もしも あと一ヶ月だとしたら

幼稚園、小学校、中学校、高校、専門学校。
ブライダル会社、レインオンザルーフ。
ピースボート、ボランティア、そしてDigInfo。

これまでの環境で出会った人に、会えた。
この短い期間に。偶然で。不思議だ。
旅立つことは、迷惑をかける範囲にしか公にしていない。
そしてまだその偶然な引き寄せが続いている。
糸でも這わせたかのように連絡が来る。
ちょっとこわいなーて。





もしも あと一ヶ月で

死んだら

今の父さんは

私になんて言うだろうか




私がいたことと 死んだこと
覚えているだろうか

tone

2012年3月22日木曜日

雑感

ひとは思いたがる
自分だけが融通のきく世界 意のままの社会
けれど ちいさくておっかない 扉のない淀んでいく世界
どうしてそうなった
どうしてあそびをつくらなかった

見失っているものは なんだ 見失うほど目をくすませてるのは 薄っぺらい見栄ではないか
自分を思いやるこころがあって 人にもやさしくできるんだぞ
見失っていないかい 自分が決めてあるくこの先の世界を人にゆだねて融通がきくわけがない
思い通りに動いてないのは あなたではないのか
思い通り という言葉の使い方さえ
理想と現実のギャップだとか 思い通りにならないなどと吐き違えてるなら
子宮からやりなおしたほうがいい
もはや見失う前に見えていないかもしれないな



ただ見守りたいとおもう
それにしても 人間を学ぶ事はつきませんな

tone

2012年3月12日月曜日

母さん ダンスの発表会 しばらく見納めね

ダンスの打ち上げで飲み過ぎて、リバースしては顔がみるみる蒼白になる母さんを介抱した。
家に送って一度帰った。明日は早い。
けれど、結局気になって実家に戻り、また帰り、
寝る寸前でまたとてもこわくなり寝間着でまた実家へ戻った。
父さんが、状況がわからないまま、それでも直感で寝てはいけないと思ったのか、
母さんの上に毛布をこれでもかという枚数重ねていた。心配そうにじっと見てた。
なんてやさしいんだろう。家を出て泣いた。

母さん どうしてそんなに毎回、飲み過ぎて。
若くないんだから、頼むよ。
抱えられないストレスを、酒で飛ばそうとするのはやめてくれ。
体を大切にして、お願いだから。
親の老いを目の前にすると、涙がでるよ、母さん。
ちゃんと孝行できてないのに。
父さんには、もう一生きちんと孝行できないから。
母さんは、ちゃんと生きて。
私がまた戻るまで、ちゃんと生きて、毎日を笑って過ごして。
父さんみたいにならないで。

昨日の出来事はささいな事だろうけど、頭から離れなくて、今日一日怖かった。
生きてるかと、メールもした。返事はすぐ返ってきた。いつもと変わらない様子で。
それでも帰ったら具合悪くなっていたらどうしようと。
そして何から何までわからない父さんが、ひとりでパニックになっていたらあまりにかわいそうだと。
そんなわけないわと我に返ったはずが、どっかの糸が切れて山手線で泣いた。
何 別に現実に何も起きてないのに 泣いてんの

「いいわねトネヤさんは、こんなに頼れる娘さんがいて」

泣くのはやめだ。



小さい頃から「ぶんじゅで(じぶんで)!」と言って
なんでも自分でやりたがる子どもだった。
けれど家族は、私の選んだ道を応援し、褒めてくれることはなかった
反抗しているつもりはなかった 好きなものを馬鹿にされることが悔しかった
好きなことをもっとやりたいと言ったら
そこそこできるんならわざわざお金払ってやらんでいい
勉強しなさいと いわれた 頭がかち割れそうで家出した

伝わることはなかった きっと伝え方が下手だった
そしてそのうち、勝手なことやって慰めてもらえるわけないと、
いつも一人で泣いて、一人で泣き止むことに慣れた

大人になってから、やさしい友人に沢山出会って
側にいてくれる人ができた
けれど どうだろう
今度は自分が作り上げた殻が壊れなくて泣いた
うまくいかない
うまくいかない
けれどせめて もっとやさしくなりたい


神や仏がいるとかいらないとか
前に誰かにそんな質問をされた
その人には話すことはないけれど
いたらこんな家族になってない
だから私にはいらない
自分でどうにかします

キャベのつぶやいたタイミングは最高だった。