ときどき大事なことを思い知ったときにさ、
他人から発されて自分が受け取る印象や気持ちなんかもさ、
宇宙にある星と星の間を走るような、光速なんじゃないかって私は思うんだよ。
だから実際は人と人のこころの距離ってとっても離れていてさ。
君の何かを発して自分に辿り着いたころには、それはうんと前の君で、現時点の君は、本当はもうその場所に存在しなかったりしてさ。
どうして早く気づかなかったのかなとか。いつからこんなにズレていたのかなとか、今になって気づいて。
受け取ったこの気持ちにはやく気づく事ができていたら、手遅れにならなかったんじゃないかとか。
とにかく、私は気づかなかったんだ。いろんなことに。
気づこうとした、のだけど。
父さん、またひとつ、ごめんねが増えたよ。
父さんは、もうきっと気づかないんだけどさ。
「今日思うことを、明日も思えるか」と考えるときがある。
考えること常日頃そしてそのための記録。
考えること常日頃そしてそのための記録。
2013年10月3日木曜日
2013年3月5日火曜日
砂漠の音楽
帰り道に思いついて、家に着いたころには思い出せない。
後で思い出そうとおもって、結局ど真ん中にはたどり着かない。
Talking heads とか Drums とか、その辺の様でいて
それならばと聞いてみると、まるで途中から気分が変わって最後まで聞かずに終わる。
しばらく音楽を探す時間を、持ってこなかった。
ラジオから聞こえてきた曲を気に入ったら手に入れる。この方法で大体間に合っていた。
最近何を聞いてもしっくりこない。
けれど、今は耳を閉じて音楽のうねりに埋もれていたい。
おなかがすいている。音楽のおなかが。
食事よりも映画よりも、今は音楽だ。
漠々、食べてる。一番好きな味を見つけるまで、ばくばく飲み込んでる。
これ、近づいてきた中の一曲。いいよいいよ。もう少し探そう。
tone
後で思い出そうとおもって、結局ど真ん中にはたどり着かない。
Talking heads とか Drums とか、その辺の様でいて
それならばと聞いてみると、まるで途中から気分が変わって最後まで聞かずに終わる。
しばらく音楽を探す時間を、持ってこなかった。
ラジオから聞こえてきた曲を気に入ったら手に入れる。この方法で大体間に合っていた。
最近何を聞いてもしっくりこない。
けれど、今は耳を閉じて音楽のうねりに埋もれていたい。
おなかがすいている。音楽のおなかが。
食事よりも映画よりも、今は音楽だ。
漠々、食べてる。一番好きな味を見つけるまで、ばくばく飲み込んでる。
これ、近づいてきた中の一曲。いいよいいよ。もう少し探そう。
tone
2013年1月22日火曜日
感想と困惑と夢と未来
ヒミズを見たんだが。
うん、声を高らかに、最後に彼らが唱えた夢。
私もそんな夢をかなえたい。
平凡で、幸せな家族がそばにいる。こどもができて、そのこどもに心の底から生まれてきてくれてありがとうって思う。そんな夢。最高だね。
夢がない。そんな言い方をするな。
私は今日から堂々とそれを一番の夢にすることにした。
はいそうです映画のおかげです。でもさ、もういい。
自分の中でそんな夢を見てはもみ消して、心で叫んでは深い路地裏の井戸に吐き出して、笑ってごまかして、
もうそういうのはやめだ。
私がもてなかった家族のすばらしさ。でもさ、これから一生続くわけじゃない。
自分で変える。私の人生の土台はそうなんだって、今は心で思ってたことをそのまま認める。
ー
映画を見ている間、彼らの一言一言が、そのまま自分の過去からやってきたようだった。
現実を突きつけられた、逃げられない悲しさにずっと泣いた。茶沢さんは言った、「これはほとんど義務なんだよ」。
そうなんだよ。知ってた。だからかなしく、ずっとかなしく家族と生きてきた。
あんな家でも、そう15歳のこどもは帰るんだよ。帰る場所は、他にないから。また嫌な事があっても、一件普通に家族と会話するんだよ。何を言われた後でも。逆にできちゃうんだよ、異常を超えると多少のことは感情もおかずに普通にできちゃうんだよ。
雑踏で、ひとりで階段に座って、そうなんだよ、ただ座るの。当てもなく家で起きた事を繰り返し頭の中でリピートさせてるの。考えてはリピート、考えてはリピート。人が行き交うのがつらい。誰も足を止めない。誰も、かれも、みんな関係ないから。そういうドラマの合間のシーンが、いちいちが、声に出ないつらさを描いていたように、もしくはそんな自分の残像を見たのかもしれない。家出を思い出した。
映画は作品として素晴らしい。演出、うなずける。役者、良い。茶沢さんのあからさま演技も最終的に逆効果で良かった。あれは家族背景が作り上げた笑顔と素直な笑顔が混じったすごく不安定な役所に素晴らしくはまっていた。
そして、自分の抱えるつらい事をえぐり出された。悲しくて何度も泣いた。彼らは方法はともあれ次のステップへ向かう。私は…そこはドラマのようにいかない。ずっとかかえたままだ。
思ってきたことを映画の中で一気に並べて晒された気分だった。
tone
うん、声を高らかに、最後に彼らが唱えた夢。
私もそんな夢をかなえたい。
平凡で、幸せな家族がそばにいる。こどもができて、そのこどもに心の底から生まれてきてくれてありがとうって思う。そんな夢。最高だね。
夢がない。そんな言い方をするな。
私は今日から堂々とそれを一番の夢にすることにした。
はいそうです映画のおかげです。でもさ、もういい。
自分の中でそんな夢を見てはもみ消して、心で叫んでは深い路地裏の井戸に吐き出して、笑ってごまかして、
もうそういうのはやめだ。
私がもてなかった家族のすばらしさ。でもさ、これから一生続くわけじゃない。
自分で変える。私の人生の土台はそうなんだって、今は心で思ってたことをそのまま認める。
ー
映画を見ている間、彼らの一言一言が、そのまま自分の過去からやってきたようだった。
現実を突きつけられた、逃げられない悲しさにずっと泣いた。茶沢さんは言った、「これはほとんど義務なんだよ」。
そうなんだよ。知ってた。だからかなしく、ずっとかなしく家族と生きてきた。
あんな家でも、そう15歳のこどもは帰るんだよ。帰る場所は、他にないから。また嫌な事があっても、一件普通に家族と会話するんだよ。何を言われた後でも。逆にできちゃうんだよ、異常を超えると多少のことは感情もおかずに普通にできちゃうんだよ。
雑踏で、ひとりで階段に座って、そうなんだよ、ただ座るの。当てもなく家で起きた事を繰り返し頭の中でリピートさせてるの。考えてはリピート、考えてはリピート。人が行き交うのがつらい。誰も足を止めない。誰も、かれも、みんな関係ないから。そういうドラマの合間のシーンが、いちいちが、声に出ないつらさを描いていたように、もしくはそんな自分の残像を見たのかもしれない。家出を思い出した。
映画は作品として素晴らしい。演出、うなずける。役者、良い。茶沢さんのあからさま演技も最終的に逆効果で良かった。あれは家族背景が作り上げた笑顔と素直な笑顔が混じったすごく不安定な役所に素晴らしくはまっていた。
そして、自分の抱えるつらい事をえぐり出された。悲しくて何度も泣いた。彼らは方法はともあれ次のステップへ向かう。私は…そこはドラマのようにいかない。ずっとかかえたままだ。
思ってきたことを映画の中で一気に並べて晒された気分だった。
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2013年1月1日火曜日
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