「今日思うことを、明日も思えるか」と考えるときがある。
考えること常日頃そしてそのための記録。

2013年1月22日火曜日

感想と困惑と夢と未来

ヒミズを見たんだが。
うん、声を高らかに、最後に彼らが唱えた夢。
私もそんな夢をかなえたい。
平凡で、幸せな家族がそばにいる。こどもができて、そのこどもに心の底から生まれてきてくれてありがとうって思う。そんな夢。最高だね。
夢がない。そんな言い方をするな。
私は今日から堂々とそれを一番の夢にすることにした。
はいそうです映画のおかげです。でもさ、もういい。
自分の中でそんな夢を見てはもみ消して、心で叫んでは深い路地裏の井戸に吐き出して、笑ってごまかして、
もうそういうのはやめだ。

私がもてなかった家族のすばらしさ。でもさ、これから一生続くわけじゃない。
自分で変える。私の人生の土台はそうなんだって、今は心で思ってたことをそのまま認める。



映画を見ている間、彼らの一言一言が、そのまま自分の過去からやってきたようだった。
現実を突きつけられた、逃げられない悲しさにずっと泣いた。茶沢さんは言った、「これはほとんど義務なんだよ」。
そうなんだよ。知ってた。だからかなしく、ずっとかなしく家族と生きてきた。
あんな家でも、そう15歳のこどもは帰るんだよ。帰る場所は、他にないから。また嫌な事があっても、一件普通に家族と会話するんだよ。何を言われた後でも。逆にできちゃうんだよ、異常を超えると多少のことは感情もおかずに普通にできちゃうんだよ。
雑踏で、ひとりで階段に座って、そうなんだよ、ただ座るの。当てもなく家で起きた事を繰り返し頭の中でリピートさせてるの。考えてはリピート、考えてはリピート。人が行き交うのがつらい。誰も足を止めない。誰も、かれも、みんな関係ないから。そういうドラマの合間のシーンが、いちいちが、声に出ないつらさを描いていたように、もしくはそんな自分の残像を見たのかもしれない。家出を思い出した。

映画は作品として素晴らしい。演出、うなずける。役者、良い。茶沢さんのあからさま演技も最終的に逆効果で良かった。あれは家族背景が作り上げた笑顔と素直な笑顔が混じったすごく不安定な役所に素晴らしくはまっていた。
そして、自分の抱えるつらい事をえぐり出された。悲しくて何度も泣いた。彼らは方法はともあれ次のステップへ向かう。私は…そこはドラマのようにいかない。ずっとかかえたままだ。
思ってきたことを映画の中で一気に並べて晒された気分だった。

tone

2013年1月1日火曜日